タイジ株式会社 代表取締役社長 堀江裕明氏

「関東倶楽部対抗2018」に参加した「ザ・カントリークラブ・ジャパン」チーム。
前列一番右が堀江氏。

結婚の条件は、中小企業の跡継ぎ
金融マンから転身し、ニッチな分野で世界を目指す!

本社があるのは、現在立て替え中の川崎市役所本庁舎向かいの自社ビル。
ビル入口の案内プレートには、同友会企業の名が連なっている。
訪れたのは、2011~2014年に神奈川県中小企業家同友会・代表理事を務めた「タイジ株式会社」代表取締役社長の堀江裕明氏
初代社長の娘婿となり、会社を継承した二代目社長である。

サッカー、陸上、そして古美術鑑賞へ

「金融グループを退社してタイジ株式会社に入社したとき、給料が半分になりました!」と、笑う堀江社長は、1960年、伊豆・下田で銀行員だった父の元、姉2人、3人兄弟の末っ子として生まれた。

小学校2年生から6年生までは、海、山、川と自然に恵まれた伊東でのびのびと育った。
当時、川崎では光化学スモッグによる小児ぜんそくが流行っており、川崎から伊東に多くの子ども達が療養に訪れていたという。
昆虫採り、釣り、秘密基地づくりなど、田舎ならではの遊びに、川崎から来た子ども達と一緒に興じて遊んでいた。

一方、サッカー王国・静岡とあって、小学生時代から「スポーツサッカー少年団」にも所属していた。だが、中学生では陸上部に入部。
100m11秒5で走り、県大会にも出場している。そして、高校に入学すると、今度はサッカー部と駅伝の二足のわらじをこなした。

タイジ株式会社 代表取締役社長 堀江裕明氏

五大学・関東古美術連合の合同鑑賞旅行(箱根)にて、同友会で再会した
岡村建興株式会社・岡村清孝社長と共に。最上列左が堀江氏、その隣が岡村氏。

大学は、現役で成城大学法学部に入学。
今度は歴史好きが高じて、「古美術鑑賞会」に入部する。日本各地を旅行しながら古美術を鑑賞して歩いた。
特に好きな庭園を尋ねると、ためらうことなく京都の桂離宮を挙げた。

「完成度が一番高いと思います。」

このサークル活動で、当時、早稲田大学・古美術研究会に在籍していた岡村建興株式会社の岡村清孝社長と出会っている。
その時は、後日神奈川県中小企業家同友会で再会することになるとは、思いもしなかった。

そして、同部の下級生だった奥様と出会った。だが、交際が始まるのは、社会人になってからのことになる。

出世コースの香港行きを断り、結婚を決意

大学卒業後は、日本債券信用銀行グループに就職した。
当時はバブル期に突入する時期で、残業150時間は当たり前。
とにかく皆が猛烈に働いていた時期だった。東京本社で2年間勤務した後、名古屋に転勤した。
その頃、奥様と再会し、交際が始まる。
そして、名古屋に来て4年が経過した頃、香港転勤を打診される。
海外赴任といえば出世コースである。
だが、奥様との結婚はタイジ株式会社の承継が条件だった。
とても悩んだが、この機会を逃すと一生独身かもと思い、香港行きを断り、1990年に横浜に帰ってくる。

そして、1991年にバブルがはじけた。1992年、32歳で結婚し、翌年「タイジ株式会社」に入社した。
当時、1,000万円あった年収は半分になってしまった。だが、不思議と後悔はなかったという。
その後、1998年、日本債権信用銀行が破綻したのは周知のことである。

タイジ株式会社に入社し、社内改革
同友会の仲間が支えてくれた

タイジ株式会社 堀江裕明氏

当時、タイジ株式会社(昭和39年創業)は、電気式おしぼりタオル蒸し器「ホットキャビ」と全自動酒燗器で15~16億円を売り上げていた。
中でも、タオル蒸し器はパイオニアとして国内シェアの半分ほどを占めていた。
だが、外食事業にも進出しており、飲食店3店の経営が赤字だったという。

堀江氏は、1998年に常務取締役に就任すると、社内改革を始めた。
同年、同友会に入会し、まずは経営指針を作成し、従業員の意識改革を進めていった。
そして、外食事業からの撤退と本業回帰を進言した。
当然ながら、義父である社長との対立もしばしばあった。
「やらなかったら、会社がつぶれます!」と、説得した。
同友会で仲間にグチを聞いてもらいながら、とにかく踏ん張った。

2003年4月、社長に就任すると、5月には安心したように社長が亡くなった。
入社して10年が経っていた。

飲食店だけだった「ホットキャビ」の取引先を美容院や医療・福祉施設まで広げていった。
飲食店とはニーズが異なるので、商品の大きさ、色など、それぞれのニーズに合わせた細やかな商品展開を始め、競合他社との差別化に尽力した。
同時に、迅速かつ細やかなアフターサービスを信条とし、カルテシステムを取り入れて情報のデータ化や社内共有も進めていった。

その他にも、全自動酒燗器に熱燗・ぬる燗を自在に調整できるマイコン制御機能を付加するなどの工夫を重ねた。
だが、日本酒人気の減退と、おしぼりがタオルから不織布へ移行したことに伴い、どちらの製品も日本での需要は年々低下していったのである。

海外90カ国でタイジの
ホスピタリティプロダクツが認められた!

タイジ株式会社 堀江裕明氏

そこで、今度は海外に目を向けた。社員を積極的にヨーロッパやアメリカの展示会に連れて行き、勉強させた。
それが、現在の多彩な商品開発に繋っていることは言うまでもない。
創業当時からの「おもてなし」のコンセプトが息づくホスピタリティプロダクツを次々に開発していく。
ブッフェ料理で活躍する「ブッフェウォーマー」や「ショーケース」、「プレートヒーター」、「クールプレート」を始め、「カップウォーマー」「フードキャビ」「ランプウォーマー」と、製品のラインナップは次々に広がっていった。

その結果、海外での日本食ブームも相まって、日本の「おもてなし」が注目を集め、国外の取引先は90カ国まで増えていった。

一方、出世コースを蹴って結婚した愛妻との間には二男一女をもうけ、三児の父でもある。
子ども達が事業を承継する予定は今のところ不明だと笑うが、長男は奥様のご実家である本間家の不動産事業を継ぐ予定である。
本社社屋の大家さんになるのである。

また、趣味のゴルフは競技ゴルフにもノミネートする腕前で、今も週に2回は千葉のゴルフ場に通うという。
それが、堀江氏の健康を支えているのかもしれない。

「言葉に出して言うと願いに近づける!」と、取引国100カ国を目指して、今もパワフルに躍進中である。

タイジ株式会社
川崎市川崎区東田町5-3
TEL:044-211-5881
FAX:044-222-5857
https://www.taiji.co.jp/

〈取材・文/(有)マス・クリエイターズ 佐伯和恵 撮影/中林 正幸〉