「僕、以前勤めていた海鮮居酒屋で、死神と言われていたんですよ。」人懐っこい笑顔で、ドキッとする言葉。
声の主は、横浜市関内で、ビアレストラン「エビスダイニング」を営む、株式会社えびす屋の代表取締役、梅田英樹氏だ。
今年8年目を迎える店で、エビスビールと美味しいお肉、新鮮な野菜をお客様に提供する。呑み放題では100種類以上のドリンクを揃え、商品力に絶対の自信を持っている。さらにお客様が喜んでくださるよう、お客様目線に立った接客にこだわり、社員も取引業者も仕事のパートナーとして大切にしている。
「コストを下げろ、少しでも安い所から仕入れろという話を聞くじゃないですか。うちにとっては、それが絶対正解ではないと思います。取引業者さんを信頼し、共に繁栄していく。社員、お客様、取引業者の3つが満足すれば、ビジネスは必ず成功すると思っています。1円の安さを求めるのではなく、大事にしたいのは、うちのことを考えた提案をしてくれる“仕事のパートナー”です。」と梅田社長は語る。
コロナ禍の昨年3月の売上は120万円で、前年対比66%減。いつもは憎まれ口を叩く社会保険労務士の常連客が、「売上が前年より上がることは当分見込めない。休業すればなにかしらの補償が受けられる。それを信じて店を閉めろ。」と梅田社長にアドバイスをくれた。
店を再開したのは、6月1日。今年に入ってもすでに2度休業しているが、コロナ禍で店が潰れる心配は全くしていない。
再開すると必ずお客様がこの店に戻ってきてくれるという自信があるからだ。
では、なぜ「死神」と呼ばれたのか。梅田社長は26歳から放浪の旅に出て、33歳の時に横浜市に移り、ビュッフェレストランで働き始めた。その後、大手居酒屋チェーン店で3年半。
4か月で店長、1年半でマネージャーに抜擢されたが、過酷な働き方を強いられた。お客様に土下座して謝ることも珍しいことではなかった。次に移った店はちゃんこ店。
人気力士を広告塔にした店だったが、原価200円のメニューを2,600円で売るという、とんでもない経営をしていた。心配は的中し、入社9か月で倒産。
直ぐに、この店に魚を卸していた社長から、経営する海鮮居酒屋で働かないかと誘われた。
この時社長から、実はここ6年利益が出ていないんだと言われた。行くとすぐに答えが出た。
板長の給与が月70万円。職人は7人もいて人件費で利益が飛んでいく。職人を2人に削減し、板長も辞めさせ、新たに知り合いを35万円で雇った。
赤字の店を任され、黒字化するために奔走した。
しかし、「ビュッフェで働いていた頃から僕は、会社と従業員のどちらが大切かというと、会社が絶対一番と思い込んでいました。僕がこんなに頑張っているのに、なぜ頑張れないんだとスタッフを上から見下していたんです。
シフトに入れないと言われると激高するので、相手はびっくりして怖くて辞める。海鮮居酒屋でも、職人さんの話も聞かず、コストを削減することに重きを置いていたので、周りは一気に心が離れ、僕についてこようとはしなかったです。」と、梅田社長は当時の事をこう話した。
無駄なことに容赦なく大ナタを振るい、嫌な人を排除し続けた梅田社長は、周りから「死神」と言われるようになった。
2011年、東日本大震災で、海鮮居酒屋を運営する会社の経営が傾いてきた。本業である魚の卸業の売上が、前年比70%減にまで落ち込んだことが原因だった。
震災の影響で主要顧客の旅館の宿泊客が減り、魚を卸せなくなったのだ。資金繰りが悪化し、売上のドル箱だった川崎の店舗を手放した。
社長から新たな店舗を見つけてこいと言われて探し出したのが、今の関内の店だった。ところが居酒屋では採算が合わないとみたのか、社長が土壇場で出店を取りやめた。
せっかく探してきた物件。それなら自分の店を開こうと思い、独立した。
店の構えからビアレストランにすると決めた。付き合いのあったビール会社の支店長が、信用金庫の支店長を紹介してくれ、無担保で1400万円借りることができた。その御恩から店で扱うビールは「エビスビール」。そして店名も「エビスダイニング」と命名した。
2014年4月、正社員4人とアルバイトを雇い、8人のスタッフでスタートした。社員2人からも合計500万円出資してもらったのだが、後にこれが大きな誤算となった。
昼夜営業し、月の売上は450万円。しかし給与だけで230万円、利益の50%が人件費に消えた。気づけば、人件費が売上げの半分を占めていた海鮮居酒屋と同じことを自分がしていた。12月まで毎月店は満員だったが、回転しないため、目標だった月600万円の売上には届かず、足かせとなっている人件費を削減しようにも出資者である社員が経営に口を出してきて、思うようにできなかった。
翌年の1月、ついに資金が底をついた。人を解雇しなければいけなくなった時、出資した社員たちから店を辞めてくれと言われた。
開店から1年も経たないうちに店を追われた。譲る条件として、家賃と、信金から借り入れている1,400万円の毎月の支払いをすること。それが終わったら名義変更をすることを提示した。
その足で向かったのは水戸。雀荘で働き、その後、6月から福島県南相馬市で除染作業員として働いた。除染前後の写真を撮影して、役所に請求するための資料を作成することを任されたが、共に現場で働く人たちは一筋縄ではいかない人ばかりだった。
秋も深まったその年の11月、エビスダイニングと取引をしていた酒屋から、支払いが滞っていると電話が入った。「店に連絡すると『もうダメだ。こっちに戻ってきて欲しい。辞めたい。』と言われました。今の仕事の区切りもあり、戻ったのは12月31日です。除染の仕事で稼いだお金で酒屋の滞納金を支払い、海鮮居酒屋で働いていた人を口説いて、店を手伝ってもらうことにしました。よくここまでお客さんがいなくなるねと思うほど、いなくなっていましたね。」と梅田社長。
1月はお客さんが誰も来なかった。それでも常連客になってもらおうと、いらしたお客様に声をかけ続け、リピーターを一人ずつ増やしていった。半年後、7月の売上は前年比150%になり、店を立て直すことができた。しかし、アルバイトも徐々に増やしていたが、上から目線の会社第一主義はそのままだった。店での好感度抜群の接客を見て働きたいと申し出てくれた人も、仕事中に梅田社長が豹変する姿を見て怖くなり辞めていった。
会社を黒字にするのが一番で、人はその次と考えていた梅田社長に大きな転機が訪れた。
神奈川同友会に入会し、誘われて気乗りはしなかったが、自社の経営指針をつくって、経営の戦略を考える勉強の場に参加した。そこで先輩社長に聞かれた。「なんのために会社をやっているんですか?」と。えっ、何のため?借金を返すため?答えられなかった。その先輩社長が「いいですか、会社というのは世のため人のためにやるんです。何か役に立つ。それがなければ会社なんて絶対できないんですよ。」と言った。
それを聞いた梅田社長は、「雷が落ちたようになりました。何のために働いているんだと考えた時に、今までやってきたことが一気に恥ずかしくなってきました。
全く成果を出せず、関わってきたところは全部潰れていて何一つ形に残っていない。目からうろこで、自分が支えていると思っていたのが、支えてもらっていたことに初めて気づきました。」と話し、さらに「社員は僕が決めたことをやってくれればいいというスタイルを、社員にどうしたらよいか相談するようになりました。そうしたら仕事も社員との関係性も一気にうまくいくんですよね。
働いていても楽しいし、不安がないです。シェフを連れて他の飲食店にも行くようになりました。僕もフロアだけでなく、厨房にも立つようになったんです。今では社員は大事なパートナーです。」と語った。
エビスダイニングでは、飲み放題は2時間だが、120分経過した後にラストオーダーを聞いている。
また、「わんこシステム」といって、お客様の飲み物を覚えておき、飲み切る前に次のドリンクを持っていく。
今と同じ飲み物でいいですかと聞くタイミングも、一人ひとりよく見て決めている。お客様に満足したな、得したなと思ってもらうことが大切だ。
神奈川同友会会員である旭工業有限会社が製作するカーボン素材の鉄板で、かながわブランド豚に認定された株式会社うすいファームの「あつぎ豚」を焼く。
遠赤外線効果でより素早く中心まで熱が届くので、素材のうま味をより引き出してくれる、店の人気メニューだ。梅田社長はいらしたお客様全員に声をかける。
話すのは好きだし、得意だ。おいしい料理と、従業員の細やかな接客と、梅田社長の言葉がけでお客様を最大限もてなす。
来年を目標に、今、昼と夜で業態の異なる店舗として営業することを計画している。ランチだけでしっかり儲かる商品を出すために、メニューを模索中だ。
「高校生から働いて大学生になっても頑張ってくれた人が、卒業と同時によそへ就職します。即戦力に育て上げた人材を全部外に出しているなんてもったいないと思いました。福利厚生も充実させて、うちが良い会社になれば雇用できます。店を2つに分ければ、子育て中の女性も朝9時に来て16時に帰る勤務で、正社員として働ける。そうすれば、より安心して働けるじゃないですか。結婚しても働き続けられる会社にしたいですし、長時間勤務できついイメージのある飲食業の働き方を変えていくこともできる。実践しますので、期待してください!」
同友会でも新たに「飲食・物販業部会」を立ち上げ、初代部会長に就任した。
梅田社長が新たに取り組む先には、どんな景色が広がっているのだろうか。ワクワク感が止まらない!
株式会社えびす屋ダイニング
所在地:横浜市中区尾上町5-71 横浜シティタワー馬車道1F
TEL:045-263-9712
URL:https://yebisu-dining.com/
<取材・文/ゲートプランニング 堤 由里恵/写真(有)マス・クリエイターズ 中林正幸>