Let’s FUN♪ かわさき6月例会は、(株)奥原商事 常務取締役 奥原誠太郎氏より、やる決断より難しい“やらない決断!”~後継者の苦悩、未来ビジョンの大切さ~をテーマにご報告頂きました。
大学卒業後、祖母と祖母の弟で築いた新星陸運(株)入社するも、数年後、お父様が経営する(株)奥原商事にも勤め二社の経営に携わることになる。奥原商事は、昭和35年に新橋にて旅館業を営み、昭和44年には目黒柿の木台にレストランフェニックス柿の木坂を開業、その後、出張宴会やパーティー等のプロデュース業務、メキシコギョウザレストラン、焼鳥鳥将を開店、更に昭和53年貸ビル業を開始した。
しかし、時代の変化もあり飲食事業を事業譲渡、閉鎖し昭和56年大田区尾森北に弁当給食センター平和島工場を開設、仕出し弁当の業務を開始した。その後、昭和58年に川崎に工場を開設しつつ平和島工場閉鎖したため川崎へ移転。
平成5年、仕出し弁当の店名をジョイフルランチに改名。そこから、仕出し弁当企業の買収、社員食堂の業務、老人介護食(まごころ工房)を行いさらに事業を発展させていったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、在宅勤務、お弁当を会社で食べる人も少なくなり、売上は70%減、毎月の持ち出しする金額も増えていく。
そんな状況下、奥原常務は社長と幾度となく話をして、選択と集中、やるべきものを選び、そこに集中する。やならないと決めたものは、いずれ止めていくという覚悟を持つが、社長にとってのやりたいこと、それは、儲からなくてもお客様に支えられてきた仕出し弁当の事業を継続し続けたいという想い。
奥原常務にとってやりたいことは、将来性と採算性のある事業である。そうしたやりとりの末に決断し、令和3年2月ジョイフルランチを閉鎖、まごころ工房事業譲渡し、賃貸ビル管理に特化する。
尚、新星陸運は、乗用車の積載輸送の敷地を賃貸物件に変更し、現在は、海上コンテナの輸送、大型車、特殊車両の陸送、更に自動車修理工場を強化したことにより、働く社員とともにビジョンを掲げ邁進している。
最後の補足報告として、奥原氏が心がけている3現主義+1「現場、現物、現実」+「現金」を大事にし、ABC(当たり前の事をバカにしないでチャンとやる)と同友会の3つの目的。良い会社をつくろう、よい経営者になろう、よい経営環境をつくろう、そしてよい仲間をつくることの大切さを報告頂き、直前支部長の奥原氏の堅実さや実直さを感じました。
私たちは同友会の例会報告を聞き、グループ討論を行い、そして自社に持ち帰り実践を繰り返すことで互い未来を切り拓いていくこと、まさに温故創新に相応しい例会報告でした。
(文責 株式会社久保田酒店 代表取締役 窪田隆太郎)